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【書評】暇と退屈の倫理学(國分功一郎)スマホを使う現代人に突き刺さる1冊

読書

【書評】暇と退屈の倫理学(國分功一郎)スマホを使う現代人に突き刺さる1冊

ふとした瞬間にやってくる暇・退屈な時間…

今回は暇と退屈について書かれた書籍『暇と退屈の倫理学』の書評をしていきます。

暇だなと思ってすぐスマホを使ってしまう現代人にとって、暇との向き合い方を考えさせてくれる一冊です。

この書籍は暇だから退屈しているのか、暇じゃないけど退屈しているのかといった感じで、暇と退屈の絡みを考えることで「なるほど」と納得させられます。

暇な時間や退屈な時間との向き合い方に悩んでいる、あるいは人生を充実させたい方、シンプルに哲学が好きな方におすすめの書籍です。

暇と退屈の倫理学を読んだ内容&感想

書籍のあらすじとしては、

序盤:暇・退屈とは、どういうものか確認していく。

中盤:歴史や時代から暇・退屈を見ていく。

終盤:ハイデガーの退屈論を中心に展開していき、結論を述べる。

といった流れです。

個人的にはハイデガーのところはしびれましたね!

ちなみに僕はハイデガーファンです(笑)

ハイデガーの哲学は「感動に裏付けられる哲学」で、

彼の哲学を読んでいると「お~!!!それだ!!」といった難問を解いたときのような感覚や感情の動きを感じ取れます。

わかりやすく順を追って説明されているだけでなく、日常生活に近い話題から話を広げているので、

ハイデガーは哲学に馴染みない方でも、「いいやん、ハイデガー」と関心を持てると思います!



ハイデガーのことはさておき、書籍の内容に戻りますね。

この記事では、第1章までの内容を中心に紹介します。

そもそもみなさんにとって、暇や退屈とはどのようなもですか?

単純な作業の繰り返しで退屈している、やることが何もなくて暇だといった感じでしょうか。

書籍では、まず現代人の暇な時間について話が始まり、次のような内容がかかれています。

現代人の暇な時間は、企業が提供する娯楽で埋め尽くされている。

この文章は、ドキッとしますね。(笑)

確かに言われえてみれば、どの娯楽も企業に提供されているものばかりが思い当たります。

私たちは暇な時間に自分が心から好きなこと、したいと願っていたことを本当にできているのか怪しいところです。

この点に対して、書籍ではブレーズ・パスカルの考えをもとに見ていきます。

パスカルは、ウサギ狩りをもとに気晴らしと退屈について論を展開します。

前提としてですが、人間は退屈に耐えられないとされています。そのために気晴らしすることを求めるそうです。

私たちの生活で考えてみても、「退屈だな」と思った時は何か他のことを考えたり、何か違うことをしようとしたりと退屈を避けようとしていますね。

ウサギ狩りに行く人は、何を目的にウサギ狩りへ行くのでしょうか?

「そりゃ、ウサギを手に入れるためだよ」と思うかもしれませんが、これは正しくありません。

例えば、自分の趣味でウサギ狩りをしに行っているとして、狩りを始める前に、先に狩りをしていた人からウサギをもらったとしましょう。

そうしたら、ウサギを手に入れるという目的は達成しましたが、「ん~、違うんだような」と違和感を感じませんか?

これは退屈な時間の気晴らしとして、ウサギ狩りをしに行っているからです。

つまり、本当の目的は自然の中で狩りをするスリルを楽しむためにウサギ狩りをしにいくこと。

これを欲望の対象・欲望の原因と言う言葉を使って書籍は説明しています。

欲望の対象:何かをしたい、何かが欲しいなど気持ちが向かう先のもの

欲望の原因:何かをしたい、何かが欲しいというその欲望を人の中から引き起こすもの

哲学らしい文言ですね。これをわかりやすい日常で考えてみましょう。

例として、ギャンブルで考えいくと、

ギャンブルする目的はお金儲けだと言いたくなります。

しかし、実際のところはお金が増えるか、減るかといったスリルを楽しんでいます。

ここでいうと、ャンブルをすることで手に入るお金は欲望の対象

ギャンブルすることで感じるスリルは欲望の原因になります。

最初からお金が増えないことが決まっていたら、恐らくほとんどの人がギャンブルをしないでしょう。

お金が増えるかもしれないし、減るかもしれないリスクを楽しむためにギャンブルにハマる人がいるということです。

この内容から何が言いたいかというと、欲望の対象は欲望の原因より認識しやすいということです。

だから企業が提供している娯楽に自分が本当に望んでいることでなくても、

どんどんのめり込んでいき、その娯楽に対しても退屈を感じるようになります。

そして、新たに企業が提供する娯楽に私たちは乗り換えていくというのが現代社会でしょう。

そもそも退屈とは、何もしないさまのことを指していると思われます。

では、この退屈な時間・退屈を感じたときに私たちはどうしたいのでしょうか。

書籍の内容から簡単に答えると、

人は退屈な時間が嫌いで、何かに熱中・没頭しているときに幸福を感じるとされています。

よって、私たちは退屈な時間を何かに熱中・没頭する時間にして、幸福や満たされている感覚を感じたいということです。

しかし、ここで注目すべきポイントがあります。

それは何かに熱中・没頭することは苦痛が伴う場合が多いということです。

確かに自分が何かに熱中・没頭していたときを思い出してみると、どう乗り越えるか・成長するかといった感じで目の前の壁(苦痛)を乗り越えることが多いです。

ここから著書では、人間は苦痛を求めてしまうのかという疑問について内容が展開されます。

人間は苦痛を求めていますのか?という一見、矛盾しているよな疑問を考えるところが人間の在り方について迫っているようで面白かったです。

倫理学は普段あまりかじらないのですが、深く考えさせられました。

この人間は苦痛を求めてしまうのかを現在の私たちに当てはまるか考えてみると、

ご飯や生活など生きていくのに十分な環境を過ごしているのが現代の日本人と考えられます。

しかし、私たちはこの生活の中で退屈を感じて、何かに挑戦したり、新しいことを始めたりと自ら難しい道を進もうとする点があるので当てはまると言えそうです。

今は簡単に書きましたが、著書では歴史に絡め革命中の国民について話が展開されており、

自発的に取り組むことで感じる苦痛と他発的に生じる苦痛はどうなのかといった内容で非常に関心を持てました。

第1章までの内容はこのような感じです!

他の章についても軽く触れていくと、

2章では、人間がいつから退屈しているのかを歴史から考える内容でした。

どのようにして人間が退屈を感じるようになったのかを、遊動生活から定住生活に変化したことに着目して述べられています。

2章を読むことで退屈に対する自身の理解が深まりました。

退屈と向き合った理想の生活とはどのようなものがいいか?と想像しながら読めました!

続いて、第3章では資本主義の観点から暇人についての考えにアプローチをしていました。

社会人の興味・関心に沿った内容で、読んでいて「なるほど、確かにね」と共感を持てる部分が多かったです。

第4章は「贅沢とは?」といかにも哲学チックで面白い内容でした!

普段の生活について(主に消費)、立ち止まって考えることができました。

第5章から第7章はハイデガーの「退屈論」を軸として、論が展開されています。

普段から哲学に馴染みのない方は少し苦戦する内容があるかもしれませんが、比較的わかりやすく書かれているので安心してください。

個人的には5章から7章が、読んでいて1番盛り上がりました!

國分さんとハイデガーの考えに対して、「ここは同意できるけど、これは考え方が異なってて面白いな」と思考が止まらない最高の内容でした。

特に面白かったのが、ユクスキュルが主張した「すべての生物は別々の時間と空間を生きている」をもとにして、人間と動物の世界の捉え方・時間に関する話が展開されたところです。

生物によって別々の時間を生きているという考え方は、非常に面白かったです。

簡単に説明すると、人間が目で捉えられるコマの限界(映画をイメージしてもらったらわかりやすい)は、

18分の1秒だが、ある生物によって捉えられる限界が30分の1秒といったように異なります。

となると、時間はこのコマの連続なので、生物によって1秒の間に目で捉えられる情報量が変わって来るので、時間の感じ方が異なるよねっといった感じです。

そして、最後に結論として

・著書を読み考えること

・贅沢を取り戻すこと

・<人間であること>を楽しむことで<動物になること>を待ち構えること

の3つが挙げられていました。

結論について、サクッと解説すると

1つ目は、著書を読でいくことで暇と退屈について実践しているというものです。

著書の内容を読んでいけば、自身の中で暇や退屈について考えを持つようになるでしょう。

その考えたことを上手く生活に取り入れてみましょうといった感じです。

2つ目は企業が提供する娯楽(観念)を消費するのでなく、ものを消費できるようになろうです。

そのために学校の教育や自分で勉強など、教養を身に着けることが大事だといった内容です。

ものを消費するには知識が鍵だということです。

3つ目は<人間であること>を楽しむことで<動物になること>を待ち構えることと見ただけでは、難しい内容に見えます。

本当に嚙み砕いてお伝えすると、考えることを楽しんで、熱中・没頭(欲望の原因に)できる瞬間を待ち構えることです。

恐らく、最後の結論だけを見てもしっくりこないと思います。

僕自身、この書籍を読んで感じたことは、

実際にこの本を読んで、暇と退屈について自分なりに考えていくことが重要な書籍だと感じました。

暇や退屈は人生の中で避けては通れないものです。

なので、この書籍を通して「暇と退屈とどう向き合っていくか」を考えることは、今後の人生の良い影響を与えてくれるでしょう。

各章の内容はどれも勉強になるものや気づきを与えてくれるので、書籍が気になっている方は是非手に取って読んでみてください!

書籍から学んだこと

この書籍から学んだことは、

・熱中、没頭できることの大切さ

・時間の使い方に向き合うこと

・本当に自分が望んでいる娯楽なのか考えること

熱中、没頭できることの大切さ

自分が何かに夢中になれる時間というのは、やはり人生の中でも大切な時間ということを再認識しました。

この書籍を読み前と読んだ後の変化としては、熱中・没頭しているときの自分を振り返って、

どのような条件があるかを考えるようになりました。

例えばですが、自分が夢中になって作業していたときの環境としては、

・窓が広い
・テーブルの上のものが3つ以下(自分の場合はコップ、ノート、パソコン)
・空気の温度が20度に近い
・自然の音が少し聞こえる
といった環境の条件に気づきました。
生活の中に自分が熱中・没頭モードに入れるようにトリガーを散らしておくといったことを実践するようになりました。

時間の使い方に向き合うこと

時間との向き合い方が、書籍を通して変わりました。

どのように変わったかと言うと、

自分が本当にしたいこと・集中したいことを中心に今をどのように過ごすかを考えるようになりました。

こうするこで暇な時間、あるいは退屈な時間が来た時でも、「今日はこの本を読み切りたいから読むか」、「後で本読むために今は何もしないで休憩するか」といった感じで、

暇な時間・退屈な時間に目的を持たせられるようになりました。

これは個人的にとてもこの書籍を読んでよかったなと思うポイントです。

暇な時間・退屈な時間は書籍を読むまではマイナスなイメージでしたが、

今はこのような時間は、自分にとって有益な時間としてポジティブなイメージを持つようになりました。

本当に自分が望んでいる娯楽なのかを考えること

僕はモノを買わない人なのですが、自分の娯楽として消費しているものについて考え直しました。

基本、本・ご飯・プレゼントにしかお金を使わないのですが、自分の欲望の原因と娯楽は一致しているのか考えました。

自分の消費を見直すことで、お金の使い方についての方針を明確化することができました。

自分が本当に望んでいるものだけにお金を使えるようになると、人生の充実感・幸福感が以前よりも増したと思います。

 

『暇と退屈の倫理学』を通して、人生観をブラッシュアップできました!

誰しもが感じる暇・退屈について、この書籍は考える良いきっかけになると思います。

國分功一郎さんに感謝申し上げます。

書籍の情報

【書籍名】暇と退屈の倫理学

【著者名】國分功一郎

【出版社】新潮社

【出版日】2021/12/23

【ページ数】512ページ

【目次】

まえがき

序章 「好きなこと」とは何か?

第1章 暇と退屈の原理論—ウサギ狩りに行く人は本当は何が欲しいのか?

第2章 暇と退屈の系譜学ー人間はいつから退屈しているか?

第3章 暇と退屈の経済史ーなぜ”ひまじん“が尊敬されてきたのか?

第4章 暇と退屈の疎外論ー贅沢とは何か?

第5章 暇と退屈の哲学ーそもそも退屈とは何か?

第6章 暇と退屈の人間学ートカゲの世界をのぞくことは可能か?

第7章 暇と退屈の倫理学ー決断することは人間の証しか?

結論

あとがき

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